大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1066号 判決

原告

鈴木俊雄

右訴訟代理人

雨宮正彦

被告

山田操

山田吉道

右被告ら訴訟代理人

山分榮

茂木洋

主文

一  被告らと原告他一五名間の東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第一七三二号、同第六五五四号建物収去土地明渡請求事件の和解調書第四項に基づく、原告に対する強制執行は、これを許さない。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  本件につき、当裁判所が昭和五四年二月一四日になした強制執行停止決定(当裁判所昭和五四年(モ)第一八九三号)は、これを認可する。

四  この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二請求原因3(一)について判断する。

1  〈証拠〉によると、以下の各事実が認められる。

すなわち、

(一)  原・被告間の建物収去土地明渡の訴訟は、当時本件(A)、(B)の土地の所有者であつた被告らが、同土地の賃借人である原告ら六名を相手方として、賃貸借終了を理由に提起したものであるが、他方、右土地上に存在する建物には建物賃借人が居住していたため、被告らは右建物賃借人らに対しても、各建物賃借部分を退去してその敷地の明渡しを求める訴訟を提起したこと、

(二)  その後右の両事件は併合審理されるに至り、度重なる和解期日を繰り返した挙句、昭和四四年一〇月二九日、ようやく本件和解の成立をみたこと、

(三)  右和解の成立をみた和解期日には、原告、被告山田操各本人のほか、被告側代理人弁護士山分榮、原告側代理人弁護士美村貞夫、同萬谷亀吉がそれぞれ出席していること、

(四)  本件和解の和解条項については、第六九回口頭弁論調書に、和解条項として、土地建物の明渡に関し、次の記載がされていること。“(1)原告鈴木ら四名が本件(A)の土地の賃借権を放棄すること。(2)原告鈴木ら四名及び訴外鈴木製作所は、右土地上の建物を収去して昭和四五年四月三〇日限り右土地を明け渡すこと。但し、被告山田操は、原告鈴木ら四名に対し、本件(イ)の建物部分についてはその収去明渡を同四九年一〇月二九日まで猶予するものとすること。(3)原告鈴木ら四名は、別紙第二物件目録記載(一)の建物につき改築新築をするときは、前項但書の期間内といえども右(イ)の建物部分を収去してその敷地を明渡すこと。(4)原告鈴木ら四名及び訴外鈴木製作所において右(2)項の義務を所定の期日に完了しないときは、同人らは連帯して、被告らに対し、合計して遅延した一日につき金一万円の割合による金員を支払うこと。(5)被告山田操に対し、建物賃借人訴外佐藤清は別紙第三物件目録記載(イ)の部分より、同奥平朝親は同目録(四)の部分より、その他三名の建物賃借人も各賃借部分より、昭和四九年一〇月二九日限り、それぞれ退去して本件(A)の土地を明け渡すこと。”また、本件(イ)の建物部分に関する、原告鈴木ら四名と訴外佐藤ら五名との間における賃貸借については何ら触れられておらず、訴外佐藤ら五名がそれぞれ右建物部分中の各賃借部分を原告鈴木ら四名に対し明け渡すべきものとはされていないこと。したがつて訴外佐藤ら五名の原告鈴木ら四名に対する本件(イ)の建物部分中の各賃借部分の賃借権はなお、本件和解調書作成の時点において存続しているものとみるほかないこと。

以上の各事実が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、裁判上の和解、特にそれが訴訟の係属中に訴訟代理人たる弁護士も関与して成立した和解である場合においては、その解釈は、特別の事情の存しない限り、文理に従い、かつ、条項の全体を統一的になすべきであつて、和解調書に記載されなかつた債権債務を和解条項中の債務と関連させてその効力を論ずるが如きことは許されないものというべきである(昭和四六年一二月一〇日最高裁判所第二小法廷判決判例時報六五五号三一ページ参照)。

判旨これを本件和解調書の記載について考えてみるのに、およそ賃貸土地上に当該土地賃借人所有の建物が存在し、かつ、当該建物について右土地賃借人からこれを賃借している者があるため、土地賃貸人が、土地賃借人に対して、当該地上建物を収去の上賃貸土地を明け渡すよう請求するのと併わせて、建物賃借人に対しても当該地上建物から退去して当該建物の存する土地を明け渡すよう請求する場合においては、土地賃借人が建物賃借人に対し、別途その旨の有効な債務名義を有する等特段の事情でもあれば格別、そうでない以上は、建物賃借人において建物を退去しない限り、土地賃借人は建物を収去することができないこととならざるを得ないのである。したがつて、本件においても土地賃貸人である被告らが土地賃借人である原告鈴木ら四名及びその土地上に存する土地賃借人所有建物の賃借人である訴外佐藤ら五名に対して、それぞれ前記の建物収去土地明渡及び建物退去土地明渡の各債務名義を有しているからには、本件(イ)の建物部分に関して、右の各債務者がいずれも、本件和解調書所定の期限までにそれぞれの債務を履行せず、止むなく債権者が強制執行の方法により、土地明渡請求権の実現をはからざるを得ない場合にも、強制執行の当時に右の状況に変更がない以上、事柄の順序として、まず建物退去土地明渡しの債務者に対する債権者の権利を実現し、しかる後、建物収去土地明渡しの債務者に対する債権者の権利を実現すべき物理的先後関係が存するのであつて、建物退去土地明渡しの債務者に対する債権者の権利が実現され建物賃借人が賃借建物から退去してその占有する土地部分を明け渡した状況とならない以上、建物所有者すなわち土地賃借人が、たとえ、強制執行を受けるまでもなく、任意に、債権者に対する建物の収去及び土地の明渡しを実行しようとしても、そのすべはないものといわざるを得ない。(そして、右の場合右の物理的先後関係を無視できない以上、いかに債権者の権利行使といえども、信義則に従つてこれをなすべきはいうをまたないから、物理的にみてまず先履行されるべき建物賃借人の債務につき、その履行された状況を建物賃借人に対する債務名義を有する債権者において実現可能であるのにこれをしないままで、徒らに時を過ごし、他方物理的にも後履行とならざるを得ない土地賃借人のその間の債務不履行を当該債権者が問責することは、特段の事情のない限り、衡平を失するものというべきであろう。)

これを本件についてみると、本件和解条項には、右認定のとおり、被告らと被告山田操に対する、土地賃借人原告鈴木ら四名と建物賃借人訴外佐藤ら五名の各明渡義務とが、本件(イ)の建物部分については、明渡期限を同じくして、両者の間に何らの先後関係なく、併列的に記載されているけれども、その趣旨は、両者の債務が同時期に履行されるときの一般的観念的な姿を表示したにすぎないものとみるべきであつて、右両債務のうち、訴外佐藤ら五名の被告山田操に対する退去明渡債務の履行が原告鈴木ら四名の被告らに対する収去明渡債務の履行より以前になされたときは、それが右の収去明渡債務の履行期限からみて、その履行のために要する合理的な時間的ゆとりが存する以上、右の収去明渡債務の履行期限を徒過することをゆるされないけれども、右両債務のいずれもが前記のような両者間に先後関係のない履行期限に履行される状況にある場合においては、建物退去土地明渡債務の履行が、建物収去土地明渡債務の履行より先履行の関係とならざるを得ないものと解するほかはない。そしてこの場合、土地賃借人であつた原告鈴木ら四名の、土地賃貸人であつた被告らに対する、地上建物たる本件(イ)の建物部分に関する建物収去土地明渡債務の履行については、右建物賃借人である訴外佐藤ら五名の被告山田操に対する建物退去土地明渡債務の履行が行われて後遅滞なくこれをなせば足りるものであつて、土地賃借人であつた原告鈴木ら四名は、訴外佐藤ら五名の建物退去土地明渡後、右原告鈴木ら四名において建物収去土地明渡を実現するのに必要な合理的な期間を経過することにより、右の被告らに対する建物収去土地明渡義務の履行につき、遅滞の責を負うに至るものと解するのが相当である。

右の点につき証人山分榮の証言中には、本件和解交渉の過程においては、原告鈴木ら四名に対して建物賃借人を退去させる義務をも負担させようとしたが、右義務負担のみでは、建物賃借人の退去の強制執行が可能であるかとの疑問から右義務を和解条項上に明記しなかつたにすぎず、原告鈴木らは建物賃借人を退去させる義務をも負担するものであるとする部分がある。

しかし、本件においては、当事者双方とも、本件和解の成立にあたつて、弁護士である訴訟代理人が和解の場に出席していることを考えると、前記本件和解調書の和解条項中に例えば土地賃借人である原告鈴木ら四名が建物賃借人である訴外佐藤ら五名を、適当な事前の一定の日までに本件(イ)の建物部分から退去させたうえ、これを昭和四九年一〇月二九日までに明け渡すこととする一方で、訴外佐藤ら五名において同日より以前、前記適当な事前の一定の日以後の一定日までに本件(イ)の建物部分から退去して被告らに対する土地明渡しをすべき旨を定めるとともに、右訴外佐藤ら五名と原告鈴木ら四名との間の本件(イ)の建物部分に関する賃貸借契約を和解の日に合意解除して、右の適当な事前の一定日まで原告鈴木ら四名において訴外佐藤ら五名に対する建物明渡しを猶予し、右佐藤ら五名は、右同日に右建物を退去してこれを原告鈴木ら四名に明け渡すべき旨を定める等、少なくとも物理的には土地賃借人の建物収去に先立つて右地上建物賃借人の建物からの退去と土地明渡しとが実現されるべき旨の条項を和解条項中に盛り込むなどの工夫をすることが、本件和解の成立にあたつてなし得なかつたとすべき事情を窺知するに足りる資料は、本件に存しないのである。しかるに、本件和解調書における和解条項の記載中には、土地賃借人である原告鈴木ら四名の土地明渡債務の履行遅滞の場合についてのみ、当時として高きに過ぎるかどうかは別として、被告山田操本人尋問の結果によつて認められる別紙第一物件目録記載の土地全体の本件和解成立当時の一か月当り賃料が金八〇〇〇円であつたこと及び右当時の建物賃借人から原告鈴木ら四名が収受していた賃料が一か月当り二、三万円程度であつたこと(この認定を左右すべき証拠はない。)からみて少なくはない、一日当たり一万円の損害金の定めをしている条項があるのみであつて、他に原告鈴木ら四名が建物賃借人である訴外佐藤ら五名を本件(イ)の建物部分から退去させるべき義務を負担する如き趣旨の記載はなく、かえつて、原告鈴木ら四名と訴外佐藤ら五名との間の右(イ)の建物部分の賃貸借関係等その使用関係の点について一切触れないまま、ただ土地賃貸人たる被告山田操に対して、直接、建物賃借人たる佐藤ら五名が建物退去土地明渡債務を負担する旨が定められているのであるから、右証人山分榮の右証言部分は、これを裏付けるべき他の的確な証拠の存しない本件においては、これを採用することはできず、他に右証人の証言に係る事実関係の存在を認めるに足りる資料はない。したがつて、本件和解条項外での原告鈴木ら四名の努力目標程度のこととしてならば兎も角、本件和解条項の上において原告鈴木ら四名が被告らに対して、建物賃借人たる訴外佐藤ら五名を退去させるべき債務を負担していたものとすることはできず、かえつて、本件和解調書上の条項に基づき訴外佐藤ら五名の建物退去土地明渡を実現することができるのは、被告山田操以外にはなかつたことが明らかである。

判旨してみれば、本件和解調書に記載された、損害金に関する条項(本件和解条項四項)は、先履行関係にある建物賃借人訴外佐藤ら五名がその各居住部分を退去して被告山田操に対する土地明渡し債務を履行した後遅滞なく原告鈴木ら四名において退去後の本件(イ)の建物部分を収去して土地明渡しをしなかつた場合に初めて適用をみるものというべく、ただ、右訴外佐藤ら五名の建物退去土地明渡しが、原告鈴木ら四名において、建物収去土地明渡期限とされている昭和四九年一〇月二九日からみて、同日以後の建物収去土地明渡しを行つたのでは遅滞とされるような早い時点になされた場合においては、右同日の翌日から右条項による遅延損害金債務を負担すべきものである、と解するを相当とする。

そこで、次に本件土地建物明渡しの状況をみるに、〈証拠〉を総合すると、被告らは、本件和解調書を債務名義としては、土地賃借人として建物収去土地明渡義務を負う原告鈴木ら四名に対しても、また建物退去土地明渡義務を負う訴外佐藤ら五名に対しても、強制執行はできるけれども、できるだけ強制執行は避けたいとか強制執行手続申立てのために必要とされるであろう費用調達の目途が立たないとか身内にある病人の世話をしなければならずゆとりがなかつたとか等の理由から、強制執行の方法をとることなく今日に至つたものであるが、昭和五三年に入つてから、最後まで残つていた訴外佐藤清が本件(イ)の建物部分中その賃借していた部分から立ち退き右時点でようやく原告としても右建物部分の取毀しが可能となつたこと、原告はその後比較的速やかに右建物部分を取り毀したうえ同部分の敷地を被告らに明け渡していること、が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、本件(イ)の建物部分の敷地の明渡しについて原告に遅滞があつたと即断することはできず、他に原告が遅滞の責を負うことを首肯するに足りる主張及び立証はない。

2  以上、原告鈴木ら四名が被告らに対して本件(A)の土地のうち本件(イ)の建物部分についての建物収去土地明渡債務の履行遅滞の責を負うべきか否かの点を検討したが、更に右(A)の土地のうち右(イ)の部分を除いた残りの土地についてみるに、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、右の部分については、所定の期限である昭和四五年四月三〇日までに建物を収去し、土地を明渡しずみであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないから、同部分についても原告について遅延損害金の支払義務が発生する余地はない。(なお、本件和解調書中の記載によれば、①本件(イ)の建物部分につき、原告鈴木ら四名に対し、その収去明渡を昭和四九年一〇月二九日まで猶予した者は被告山田操とされており、また、②訴外佐藤清が右(イ)の建物部分の一部に相当する別紙第三物件目録記載(イ)の部分から、訴外奥平朝親が同目録記載(ロ)の部分から、訴外渡辺松太郎が同目録記載(ハ)の部分から、訴外武田恭治が同目録記載(ニ)の部分から、訴外吉野保寿が同目録記載(ホ)の部分からそれぞれ昭和四九年一〇月二九日限り退去して別紙第一物件目録(一)の土地を明け渡さなければならない相手方も被告山田操だけであるとされ、被告山田吉道に関しては、右の①②の点について何らの定めがされていないけれども本件和解調書の条項全体の内容と証人山分榮の証言によれば、被告山田吉道の所有地は、そもそも本件(イ)の建物部分からの退去土地明渡及び右部分の建物収去土地明渡しには関係がなかつたものであるばかりでなく、右別紙第三物件目録記載(イ)から(ホ)までの各部分からの退去及びそれに伴う別紙第一物件目録記載(一)の土地の明渡しが実現しない以上、原告鈴木ら四名としては、被告山田操に対してはもとより、他の何人に対しても、本件(イ)の建物部分の収去、土地明渡しをすることは物理的にも不能であつたもので、このことは右被告山田操と並んで昭和三五年(ワ)第一七三二号、同年六五五四号事件の原告となり、山分弁護士を代理人として本件和解の成立に至つた被告山田吉道もよくこれを知つていたものとみるべきであるから、同被告もまた、被告山田操とともに原告鈴木ら四名に対して本件(イ)の建物部分につきその収去明渡を昭和四九年一〇月二九日まで猶予したかあるいは、本件和解条項二項及び四項で問題となる遅滞は被告山田操に対する関係でこれが生じない以上は、被告山田吉道に対してもまた生じないものと解すべきである。)

3  以上のとおり、原告には、本件(A)の土地の明渡義務の履行につき何らの遅滞はないから、本件和解調書第四項による遅延損害金の支払義務は発生していない。

三結論

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八五条、九三条一項本文を、強制執行停定決定の認可及びその仮執行宣言につき民事執行法三七条一項を適用して主文のとおり判決する。

(仙田富士夫 清水篤 嶋原文雄)

第一〜第五物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例